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MTBグレードアップ。でもしばらく休む予定

  日曜日にMTBのパーツを交換してグレードアップしました。変えたのはフロントサスペンションとホイール前後と、前ブレーキ、ハンドル、ステムなどです。本当はサスペンションだけを交換するつもりだったのですが、ディスクブレーキ専用しか在庫がなくて、Vブレーキ専用の現行ホイールが使えないため、サスペンション→ブレーキ→ホイール→ステム→ハンドルと次々にドミノ倒しのようにパーツ交換となりました。
  まあ、パーツ自体はどれも中級クラスで大したものは使っていません。パーツ交換、調整はすべてRodalinkでやってもらいました。サスペンションの交換とかホイール組もけっこうやっているようで、意外と手際はよくて半日もかからないで作業は終わりました。細かい調整はちゃんと出来ているか心配なのですが、外見上は何も問題ないです。早く山で乗ってみたいものです。

  しかし、実は来月からPuasa(断食)が始まるのです。Puasa中は太陽が昇っている間は、水も食事もタバコもだめです。当然しんどいので期間中はスポーツはやらないようです。まあ、炎天下の中、水も飲まずに自転車に乗るのはちょっと身の危険を感じてしまいます。だから、来月は自転車はお休みです。ムスリムでないお前は関係ないだろうという意見もでると思いますが、実はせっかくなのでPuasaを体験してみようと思っているのです。どんな感じなんだろう? Puasa体験談もそのうち報告しますね。

  ところで、脱線ついでにもう一つ、インドネシア人の遊びへの誘いの積極さ(しつこさ)は凄いものがあります。僕は「mau ikut?攻撃」と名付けているのですが、日本語に訳すと「どう、一緒にやらない?」といった感じです。
  日曜日にいつもの集合場所に自転車仲間が誰もおらず、違うグループの人がいたのですが、僕が一人だとわかるとすかさず「mau ikut?」です。ぜったい放っておいてくれることがありません。自転車屋で初めて会った初対面の人からも、すかさず「mau ikut?」です。自転車仲間からも、今度台湾のGIANTにツアーで行くんだけど「mau ikut?」。別の自転車仲間からはフットサルのチームを作っているだけど「mau ikut?」です。ちょっとインドネシア人社会に首を突っ込んでみると、あっという間に交友関係が広がりました。こういう人付き合いの敷居の低さ、日本人も見習いたいものです。


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SRT装備の貸し出し

今日は土曜日ですが、会社に出勤していました。なので遊びは何もないのですが、会社の帰りにUNDIP(ディポネゴロ大学)に寄ってSRTセットを貸してきました。実は、水曜日の晩に「ミスター、こんばんは、お元気ですか」と日本語に訳せばこんな感じのSMSが入ってきたのですが、僕の知らない電話番号なので無視していたら、夜中に同じようなSMSが何通も入ってきます。しつこいなあと思ってそのままほっといたら、翌朝も同じ番号からSMSが。でも最後にArulです。と名前を告げるSMSが入ってました。なんだUNDIPの学生ケイバーか。「どうしたの?」と聞くと「今度ケイビングに行くんですが、SRTセットが足りないので貸してもらえないですか」ということです。何だはじめからそう書いて送ってくればいいものを、どうもジャワ人ははっきりものを言うのが苦手なようです。ということで、今日の夕方、大学の部室に寄ってきました。25日から30日までジョグジャの南にある洞窟に行くらしいです。誘われたのですが、仕事があるからと断りました。残念。
  SRTセットを渡した後、彼らと色々おしゃべりしたのですが、活動内容といい、装備の感じといい僕が探検部の現役だった80年代の探検部の雰囲気によく似ています。主な活動はケイビング、ラフティング、登山、クライミングと同じような感じです。ラフティングのビデオも見せてもらったのですが、気合いの入っていない漕ぎ方など、僕の現役の頃とそっくりです。全然なっとらんな~、今度ケイビングも含めて指導してあげないといけないですね。いっそのことコーチに就任するかな?

MTBツーリングその2

  8月18日は月曜なのですが、17日の独立記念日が日曜なので振替休日です。日本と同じですね。
今日もB2Wのメンバーと一緒に山に出かけました。毎日毎日よく遊ぶなあと思われるでしょうが、家族が日本に帰っている間だけです。家族がいると一人で遊んでばかりではいられません。
  さてツーリングですが、昨日と同じ山に登った後、違うコースを下りました。でもやはり結構荒れたガレ場を下ります。今日はあまり慣れていないメンバーが多いせいかペースはゆっくりです。まあ、このぐらいがちょうどいいですね。
  B2Wは毎週山に行くわけではなく、月に2、3回のペースだそうです。まあ、このくらいなら家族がいても参加できるかな。朝4時半に出発して家に帰ってくるのは朝の10時頃です。これなら帰ってから家族サービスもできます。しかし5時間たっぷり走った後は結構疲れます。とくに腕と肩が疲れます。やはりサスペンションのグレードアップが必要かな。

まだ登り始め。みんな元気
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急坂をバイクを押しながら登った
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山頂にある変な建物
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市場。ちょっと郊外に行けばこんな感じです。
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畑の横を走る。
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畑の間を抜けて行く
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MTBツーリング

  8月17日(インドネシア独立記念日です)はBike To Workのメンバーと一緒にMTBで山に出かけました。朝5時に町中のガソリンスタンドに集合し、そこからスマランの市街地の南西にある標高300mくらいのなだらかな山を目指します。B2WのメンバーはOFF ROAD好きが多いようで、毎週のようにあちこちの山に出かけているようです。僕も最近はロード専門だったので、久々のダートに期待して参加しました。
  最初は舗装路でしたが、すぐにダートになります。スマランの南西部はなだらかな丘陵地帯が広がっており、畑や林が広がっています。この中を進んで行きます。乾期で路面がカラカラに乾いており、固い路面の上に砂が乗った状態で、ちょっと滑りやすいです。目的地の山の麓は、牛の放牧用にちょっとした草原地帯になっています。熱帯らしからぬ爽やかな雰囲気です。朝5時過ぎという早い時間帯で気温も低いせいもあります。
  草原を抜けて急坂を上ると山頂です。ここから下りですが、行きとは違う道を下ります。林道なのですがかなり荒れており、四駆でもしんどそうな道です。下りはみんな結構飛ばします。僕は慣れぬダートなので押さえ気味です。麓におりて林道が終わってからも、林の中のシングルトラックを走ったり、畑のあぜ道を走ったりと、極力アスファルトを走らないようにルートを選んでいるようです。なかなか爽快で楽しいです。
  途中、屋台のような店で朝食です。いつものパターンですね。朝食が終わって町中に戻るとメンバーはそれぞれ自分の家の方へ別れて行きます。最後に残ったのは僕です。ああ、まだ家までの標高250mの急坂が残っているのです。しんどいけど、たんたんと走って10時に家に帰着です。
  本日の走行距離42km、そのうち半分くらいがダートです。久々のダートは楽しかったのですが、僕の10年落ちのMTB。さすがにサスペンションが貧弱ですね。フロントサスだけでも交換したいな。という感じです。しかしスマランで手に入るのだろうか?


お知らせ
HPの方にアルバムをアップしました。Borobudurのツーリング写真です。
こちらの方もご覧下さい。



写真の中央、遠くに見える山を目指す
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海の方を眺める
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牧草地帯を抜けて行く
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山頂手前で休憩。遠くに我が家のある丘が見える。
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パンク修理
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食堂で朝食をとる。左はリーダーのNdaru
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鎮魂の碑の清掃

  8月16日にスマラン日本人会による「鎮魂の碑」の清掃が開催されたので参加しました。「鎮魂の碑」とは、スマラン事件で亡くなった人々を慰霊するために今から10年前にスマランの海岸に建てられた碑です。スマラン事件とは1945年10月14日、すでに日本の敗戦で戦争は終結していたのですが、スマランにあった日本軍の武器庫の武器の引き渡しをインドネシア独立派が要求し、連合国から引き渡しの禁止を命令されていた旧日本軍がそれを拒んだため、両派の間で銃撃戦が勃発し数百名の命が失われた事件のことです。すでに戦争は終了していたにもかかわらず、多くの人命が失われた悲しい事件です。驚いたのは亡くなった人達の半数以上は国鉄関係者、王子製紙関係者などの民間人だということです。武器庫とは直接関係ないと思われるのですが、事件後に収容された刑務所で亡くなったのでしょうか。
  毎年1回日本人会で清掃し、黙祷を捧げることが行事となっているようです。場所は港のそばの埋め立て地にあるのですが、年々地盤沈下しており、とうとう隣接していた駐車場が水没したそうです。スマランの港付近にある埋め立て地はどこも地盤沈下が激しくて、海面下になってしまい放棄された倉庫などがたくさん並んでいます。初めて見た時はギョッとしました。地下水のくみ上げか、地球温暖化による海面上昇が原因なのかよくわかりませんが、このまま進むと鎮魂の碑も水没してしまいそうです。


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独立記念日の集会

 8月17日はインドネシアの独立記念日です。各地でいろいろな催し物が開かれるみたいですが、町内会でもパーティがあるようです。家に招待状が届いていました。日本からの独立を記念したパーティに日本人が参加するのも気が引けるなと思ったのですが、回りのインドネシア人に聞いてみると、みんな問題ないから参加してみたらと勧めてくれるので参加してみました。
  朝6時に近所の集会所に集合です。それからみんなで町内を行進します。行進というか単なる散歩ですね。みんなおしゃべりしながら歩き回るだけです。30分くらい歩いたら集会所に戻って来ます。集会所には朝ご飯が用意されていて、それをみんなで食べます。そして最後は子供達が一人ずつ国歌を歌っておしまいです。はあ、なんとも芸がないです。。。まあ、しかし、近所の人と知り合う機会はなかなかないので、交流を深めるにはよかったかな。僕の近所には韓国人とかインド人とか外国人がたくさん住んでいるはずなのですが、誰も来ていませんでした。どうも外国人は僕一人。。。
  僕はできるだけインドネシア社会に入っていくように努めているのですが、これは好奇心から来るのが主たるものですが、現地社会にとけ込むことは安全性という意味でも重要だと思うのです。これは海外で暮らす基本だと思うのですが、実践している人は少ないようです。怖くないのだろうか?

近所を行進します。
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集会所
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ご飯が用意されている
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SOTO(スープ)
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SRTトレーニング

  今日はUNDIP(ディポネゴロ大学の略語)の学生達とSRTトレーニングをしました。彼らとはインターネットを通じて知り合ったのですが、土曜日にSRTトレーニングをするのでよかったらどうですかと誘われていたのです。SRTとは何?と思う人も多いと思いますが、シングル・ロープ・テクニックのことで竪穴をロープ1本で昇降するためのテクニックです。すんません、今日の記事は完全にケイバーが対象です。
  朝9時にUNDIPに集合です。構内を歩いていた学生に集合場所まで案内してもらいます。集合場所はクラブの部室のようです。部室の前にはザックやラフト(結構しっかりしておりブラックタイガーの比ではない)が並んでおり、日本の探検部と同じ雰囲気です。案内された部室の中に一人学生が寝ていました。Ari君です。後から来たRoni君と3人で部室の前にあるクライミングボードで練習です。
  クライミングボードといってもボードのベニヤ板が腐りかけており、一部しかボードがありません。これでは単なる櫓です。さて、まずAri君が櫓に登ってロープをセットします。降りて来たらギヤを装着してトレーニング開始です。SRTギヤはPetzlを中心に、ほぼすべてケイビング用で揃えています。チェストハーネスだけはテープで代用していました。どこで買ったのか聞くと、ジャカルタで買ったそうです。ほほう、ジャカルタにはケイビング用品も入って来ているのですね。ただし、ギヤは個装ではなくクラブの団装のようです。まあ、この辺はちょっと前の日本の探検部でもそうでしたからね。
  SRTはAri君もRoni君も普通にこなしていました。どこで習ったのか聞くと、大学の先輩に教えてもらったそうですが、もともとはジョグジャカルタのケイビング協会で習ったようです。ほほう、ちゃんとした組織もあるのですね。
 僕も久々のSRTです(1年ぶり?)。2、3回上り下りをした後、暑くなってきたので、川にある橋に移動することにします。

準備をするAri
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部室の前にあるクライミングボード
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ラフト。ものは良さそう
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  橋は炎天下なのですが、風が強いのでけっこう涼しいです。鉄筋に板を敷いただけの古めかしい橋です。ロープをセットしますが、彼らはリビレイもちゃんと作っていました。僕がメインの支点を2カ所で降りようとすると、3点じゃないと危ないよと注意されました。どうも彼らはメインの支点は必ず3点で取る習慣のようです。おそらく、こちらの石灰岩は熱帯のもろいタイプで支点の信頼性が低いため、そう教育されているのでしょう。ほほう、インドネシア人らしからぬ注意深さですね。けっこうしっかりしてるのかも。雑談でも日本でどんな事故が起きているか尋ねてきたし。
  ノットの基本もちゃんと知っているようです。エイトノット、バタフライ、ラビットなど、ただし結び方は雑でしたが。しかし、僕がブーリンオンアバイトを使っていると、何それ?と聞いてきます。どうもこれは知らないようです。Yビレイに使いやすいよと教えてあげました。ああ、なんか日本の探検部の学生相手に会話してるのと同じ雰囲気になって来ましたよ。
  2本ロープをセットして練習していると、新たに2名やって来ました。この二人はSemarang Caver Associationのメンバーらしいです。Semarangにはケイビング関係の団体が、大学のクラブがいくつかと、社会人が中心の団体Semarang Caver Associationの大きく分けて二種類があるそうです。Associationk協会はインドネシア各地にあり、もっとも活発なのはYogyakartaのようです。社会人はほとんど各地域の協会に所属して活動しているようです。
  訓練が終わったあとは協会のBaseCampに寄ることになりました。彼らはクラブハウスのことをBaseCampと呼ぶようです。8畳くらいの部屋が二間あり、けっこう広くて立派です。装備ロッカーや写真などの資料が保管されておりちゃんとしたクラブハウスです。協会の人数は30人くらいらしいですが、こんな立派なクラブハウスがあるとは。。。なんだか日本の貧弱さが恥ずかしくなって来ます。まあ日本、とくに東京は地価が高いから単純な比較はできないとは思いますが。
  
  今日の活動は収穫大でした。Semarangにもアクティブなケイバーが予想以上にいることがわかり、次回のケイビング活動の計画が決まったら、誘ってくれることになりました。ラフトもあるし。ああ、Semarang とても危険な町かもしれない。日本に帰れなくなるかも。遊びの環境、特に仲間を集めることに関しては、技量を別にすれば日本以上にいいかも知れません。
  基本的にインドネシア人、遊び人が多いんでしょうね。いや、世界的に見たらインドネシア人は普通でしょう。逆に日本人に少なすぎると言った方がいいかも知れません。

UNDIPから車で15分くらいのところにある橋で練習再開。高さ15mくらい
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床は板張りで隙間が大きく物が落ちるのでマットを敷く
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Arul君、彼は地質学専攻らしい
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Base Camp
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右からHariyanto(UNDIP), Roni(UNDIP), Ali Fakhroni(MATEPALA), Ali Aqsho(UNDIP), Arul

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やっとB2Wに会えたのはよかったけど。。。

  日曜日の朝、やっとB2W(Bike to work)に合流できました。最初の連絡から5週間もかかっています。ふう、長い道のりでした。いままでいろいろなグループを見てきましたが、グループによって雰囲気はかなり違うようです。B2Wが一番いい感じがします。若い人が主体で、女性もいるので、アットホームな雰囲気です。そう、僕はおじさんと付き合うより若い人と付き合う方が得意なのです。日本でもいつも自分より若い者と遊ぶことが多かったからかなあ。
  合流後、今日はジャワ島のあちこちから古い自転車の愛好家がスマランに集まってパレードをするというイベントがあるそうなので、みんなでそちらに行きました。古い自転車の多くは日本製のようです。また古いパーツを売るフリーマーケットも出ていました。骨董自転車を趣味にしているインドネシア人が結構多いのが驚きです。

B2Wのメンバー

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竹で作った自転車
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フリーマーケット
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旧日本兵をイメージしたらしい。銀輪部隊?
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  さて、その後はスタジアムで自転車のレースがあるので、見に行くことになりました。場所は以前自転車のイベントをレポートしたことのあるDiponegoro(ディポネゴロ)競技場です。ここには自転車用のトラックがあるのです。会場に着いたら、B2Wのメンバーがレースに参加してみたら?と勧めてきます。どんなレースかサッパリわからないのですが、何事も経験なので参加することにしました。エントリー費は食費込みでRp15000(約200円)です。エントリーしたクラスはUMUM NON ATLET(一般非競技者)クラスです。どんなレベルなのか全く分からないので非常に不安です。他のクラスはほとんど年齢と性別分けのようです。マスターJというクラスはなんと年齢80歳以上のクラスです。後は小学校、中学校などの学齢別もありました。このあたりはほのぼのとしたレースでしたが、マスターB(40歳~45歳)で事件が発生です。レース中の落車が原因で殴り合いの喧嘩になってしまいました。会場全体が騒然としています。こんなにエキサイトするインドネシア人は初めて見ました。こんなのを見るとレースに参加するを躊躇してしまいます。とりあえず安全第一で行きましょう。
  さて、ついに僕のクラスです。参加者には自転車屋のオヤジさんHenryもいます。全部で30人くらいでしょうか。このクラスはトラックを10周します。出発早々みんなダッシュします。置いてかれないように必死について行きます。とりあえずHenryに付いて行けば何とかなるかなと思っていたら、彼はあっというまにトップ集団の先頭付近に入ってしまいました。えっ、いつもと違うじゃないのと思ったけど、後の祭りです。しょうがないので僕は先頭集団のしんがりくらいで様子をうかがいます。なんとかもうちょっと中に入りたいのですが、集団走行に慣れていないのでちょっと怖いです。どうしようかなと思っているうちに、集団がペースをあげたようです。あっと言う間に千切られそうになります。やばい、やばい、必死の思いで付いて行きます。集団からちょっと遅れると、とたんに空気抵抗をもろに浴びてとてもしんどいのです。残り5周くらいから集団のペース変動が激しくなってきました。ペースが落ちてラクチンだなと思っていたら、急にペースが上がったりします。残り3周くらいでペース変動について行けずついに千切られてしまいました。あっという間もなくみるみる離されて行きます。最後はこのままあっけなく終わってしまいました。
  初のレースは勝手が分からずあっと言う間に終わってしまいましたが、なかなか良い経験になりました。しかし結局、順位はよくわかりません。成績発表の前に帰ってしまったので。たぶん真ん中くらいだと思います。ところでHenryは1位だったようです。意外とやるもんです。
  しかしインドネシアで競技に参加するとは思いませんでした。この競技、3ヶ月後にまたあるそうです。もうちょっと練習してまた参加しようかな。

競技場の様子

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一般競技者のクラス
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トロフィーが沢山
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競技スケジュール、僕が参加したのはNo.16
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プロフィール

pahoehoe

Author:pahoehoe
ブログのタイトルpahoehoeとはハワイ語で滑らかな溶岩を指す。溶岩洞窟の調査で訪れたハワイ島で水飴のように流れる溶岩を見て衝撃を受けた。また、パホエホエという語呂が好きなのでハンドル名によく使用している。
本名:山西敏光
居住地:インドネシア、中部ジャワ州、スマラン市
出身地:広島県広島市
特技:ヒール&トウ
モットー:死ぬ気で遊べ!
家族:妻、子(二人)

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