FC2ブログ

Merapi ムラピ登山の巻

 8月24日にMerapi山(標高2920m)に登ってきた。Merapi山はインドネシアで最も活発に活動をしている火山として知られ、2010年にも大規模な噴火を起こして300人もの死者が出た。
 今回の登山も5月の時と同じく子供が通っている学校の先生たちと登った。リーダーは(マジメ氏)カナダ人である。他にニュージーランド人の先生が二人。ローカルの職員とその友達合計人のグループである。
 山頂で御来光を拝もうということで夜に登った。夜12時前に登り始めて、途中に日の出の時間に山頂に着くように時間調整のための休憩を1時間半位いれて、山頂に着いたのは5時半。山頂で日の出を見てすぐに下山して麓についたのは9時過ぎ。メンバーの力量が揃っていたので大きく遅れる者もおらず順調に終わった。
 インドネシアでの夜間登山は初めてだったが、こっちでは夜間に登って山頂でご来光を見て下山と言うのが人気がある。今回初めてトライして見てインドネシアの登山には向いていることがわかった。夜の涼しい時に登ると暑さに悩まされることもなくいいペースで登れるのだ。涼しいのであまり水も飲まないので、必要以上に沢山の水はいらない。日帰りなのでキャンプ装備も不要で荷が軽いのでペースが上がる。特に乾季は乾燥していて昼間は埃っぽくて不快なのが夜はあまり気にならない。単純に御来光が目的じゃなく、総合的にメリットが多いので人気のなのかもしれない。

 Merapi山で気がついたのは、外人の登山客が多いこと。他の山では外人に会うことはほとんどないが、ここではなぜか外人ばかり。次々登ってくるのだ。それも普段山に登っている雰囲気のない普通の観光客風の人が多い。と言うのも下山時に足が疲れてヘロヘロになっている人が多いのだ、ちょうど前回のカメラマン氏のように。何故外人が多いのか理由はよく分からないが、インターナショナルな雰囲気の登山が楽しめた。

ところでニュージーランドから来た先生のうち一人は、8月の新学期から校長先生で来ているのだが、何と20年くらい前に日本に留学したことがあるそうだ。登山中にいきなり日本語で話しかけられてビックリした。

実は先週の土曜日にまた学校の先生たちがSundoro山の隣のSumbing山(3371m)に登ったそうだ。僕は風邪を引いていて参加できなかったけど、夜間登山はやはり快適だったそうだ。うーん、残念、参加したかったなあ。

スポンサーサイト



Gunung Sindoro シンドロ登山の巻

 すっかりご無沙汰のブログですが、先週は久しぶりに山に登ったので、報告しましょう。
 登った山は中部ジャワのWonosoboという山間の町の東隣にそびえるGunung Sindoroで標高は3150m。スマランから100kmくらいの距離で、晴れていると遠くに富士山のようなきれいな円錐形の山並みを望むことが出来る。Sindoroのすぐ南側にもほぼ同じような形をしたGunung Sumbinという山があり、まるで富士山が並んで聳え立っているような不思議な光景である。
 今回の山は子供の学校(SIS)の先生、職員、保護者たちという組み合わせで、男女合わせて9名。半数くらいはまったく山登りの経験のない人達で、いきなり3000m級のテント山行という、無謀というか怖いもの知らずというか、まあ、インドネシアではこれが普通かもしれないが、僕はちょっと結果を危惧していたのだが。。。
 金曜日の夜にスマランを出発し、山の麓のホテルで1泊。標高1500m。翌日土曜日の朝にホテルからトラックをチャーターして登山口まで上る。ここで標高1600m。ポーター兼ガイドを一人雇って8時40分に出発。富士山のような山なので、アップダウンもなく斜度はほぼ一定のペースで徐々に上がっていく。最初の30分で早くも集団はバラバラになり各自のペースで登っていく。先頭はいつも筋トレ、ランニングで身体を鍛えている中華系のお父さん(以後、マッチョマン氏と呼ぶ)。後続を待つことなくズンズン進んでいく。僕はその後を、マイペースで登ったつもりだが、結局、標高2780mのテン場に着いたのが12時。標高差約1200mを3時間20分は、1泊分の荷物を担いだペースとしては、ちょっと速いな。先頭のペースに釣られてしまったようだ。
 テン場予定地で、マッチョマン氏が初めて休憩を取って僕を待ってくれていたので、一緒に大休憩となった。すぐにガイドが上がって来たので、先を急ぐマッチョマン氏は、一気に山頂まで行くと言い出した。でもガイドはここから先は火山性ガスの噴出の可能性があるのでテント泊禁止だと言う。しょうがないので、まだ12時だけどここでテントを張ることにした。
 Sindoroの登山道は分岐もなく、誰でも迷うことなく来れるので、後続を心配することなく待っていたが、最終は15時過ぎの到着となった。やはり登山初経験者たちであった。テントを張って寒くなったので焚き火を始める。夕方5時くらいからそろそろ夕食の準備をしようかと思ったら、どうも火器を持ってきているのは僕だけ。みんなパンやお菓子など調理がいらない食料しか持って来ていないようだ。僕は夕食はレトルトのすき焼き丼にアルファ米に味噌汁。僕だけ暖かい食べ物を食べるのは気が引けたので、みんなに配ってあげた。すき焼き丼は日本食大好きのマッチョマン氏も喜んでくれた。ごめんねマッチョマン氏、今度は貴方の大好きな牛丼を用意しておくよ。
 日が暮れると急速に寒くなり、18時にはテントに入って寝ることになった。翌日は3時起床だ。うーむ、みんなもう寝るのか。早過ぎる。宴会はないのか? しかし酒を持ってきているのも僕だけのようだし、しょうがないので焚き火のそばに最後まで残っていたインドネシア人のおじさん(マッチョマン氏の友達)にビールを分けてあげて2人でちびちびと飲む。他のテントからは「明日は早いんだよ。大丈夫?」と声がかかるが、「平気だよ」と返事をして寂しい宴会がスタート。しかしビールは2本しかなかったので19時にはお開き。
 翌朝はみな3時に起きて準備を開始。僕だけチキンラーメンを作る。これもマッチョマンに分けてあげたら喜んでいた。4時から登山開始。今日は僕は3番手、トップはカナダ人(実直そうな性格なのでマジメ氏と呼ぶ)、2番目はイギリス人(フットサルが好きなのでフットサル氏と呼ぶ)と、昨日とはまったく違う順番。後で分かったのだが、なんとマッチョマンと宴会を共にしたおじさんは、二人ともライトを持ってきていなかったので、登るのをあきらめてテントで待っていたらしい。うーむ。。
 標高3150mの山頂に着いたのは5時過ぎ。しばらく待つと日の出だった。天気もよく最高だ。山頂は富士山と同じようにお鉢(旧火口)があり、お鉢めぐりが楽しめる。ただし、火山性ガスが所々噴出しており、たまにガスにまかれて死亡する人がいるらしいので要注意。今年の1月にも旧火口に降りた人が2人ガスで死んだらしい。山頂には平らな広場もあり、ハイキングを楽しめる。しかし登山者が結構いる。いつ登ったのだろうと不思議に思っていると、テントが多数現れてきた。どうも幕営禁止を無視した登山者が多いようだ。
 結局山頂まで登ったのは6名だけだった。7時過ぎに下山を開始。テン場には8時前に到着。重い一眼レフを持ち上げていた中華系のお父さん(以後、カメラマン氏と呼ぶ)は、足を痛めたようで下山が苦しそうだ。
 テントを撤収して、9時に出発。僕は先頭で下山する。実は8時ころにマッチョマン氏が先に下山している。実は彼は奥さんと子供を麓のホテルに置いてきているのだ。家族が気になるので先に下りたらしい。僕が最終下山地点のポスオジェック(バイクタクシーの待合所)に着いたのが11時過ぎ。誰も降りてこないので先にオジェックでホテルに戻る。12時にはホテルに着いて、シャワーを浴びて昼食を取っているうちに、徐々にみんな下山してくる。しかしカメラマン氏のグループ4名がいつまで待っても降りてこない。3時ころに気の短いマッチョマン氏は先に帰ろうと言い出す。しかし、マジメ氏が、遅れているメンバーに万が一のことがあるかもしれないので、僕は待つという。説得力のあるマジメ氏の意見にみな賛同し、待つことにした。
 結局4時前に降りてきた。カメラマン氏は両膝が痛くてヨチヨチ歩き状態。昨日は元気一杯で僕のすぐ後をついて登っていたカメラマン氏の奥さんも、今日はエネルギーが切れたようでヘロヘロ状態。後の二人はフットサル氏とその奥さん。昨日、奥さんはバテてしまって、今日は山頂まで行かずに体力を温存していたが、それでも下山は大変だったようだ。一人元気なフットサル氏はみんなの面倒を見ながら下山したようだ。いつも親切で面倒見の良いフットサル氏。ありがとう。
 かなり無謀な登山だったが、みんな無事でよかった。よかった。
 話によると今回参加したメンバーでクラブを作ったそうで、これからも定期的に登山をするらしい。身体はバテているにもかかわらず、いつものようにハイテンションなカメラマン氏の奥さんが、フットサル氏の奥さんに「楽しかったね、また行くよね」と誘ったら、「頼むから、いまはそんな質問をしないで」。
 ああ、彼女はもう来ないな。


DSCN1360.jpg
Sindoro山の全景

DSCN1357.jpg
登山開始

DSCN1374.jpg
別のグループ

DSCN1406.jpg
標高2780mのテン場。眺めが良くて雰囲気は良いのだが、水場がないのが欠点。

DSCN1450.jpg
山頂に到着

DSCN1495.jpg
バックはDien高原。今度行ってみたいところ

DSCN1490.jpg
マジメ氏

DSCN1494.jpg
フットサル氏

IMG_2004.jpg
山麓のホテル。名前はDien Kledung Pass。質素だけど広々して快適なホテル。食堂が充実していた。

Ungaran登山

 先月9月16日にSemarangの南側にあるUngaran山(標高2050m)に登って来た。今回はスマラン日本人会の行事で僕が幹事として企画した登山だ。総勢25名くらいの大所帯での登山で、おまけに体力、年齢もバラバラだったのでどうなることかとちょっと心配だったが、みんな元気で無事に終了した。
 ほとんど順調に終わったが、下山時に山火事が発生して、あわや遭難かと言う状況になったのが、唯一のアクシデント。下山時に麓の方を見ると、煙が上がっているのが見えた。最初はたき火か何かかと思っていたら、煙の範囲がだんだん広がり、さらに下におりると、炎まで見えてきた。パチパチと言う木が燃える音も聞こえる。乾期のまっただ中で空気も山もからからに乾燥していたので、火があった言う間に広がったようだ。山火事はちょうど登山道の方だったので、ひょっとしたら登山道も燃えているかも。心配になりながら下山していると、下からローカルのおっちゃんが二人上がって来た。話を聞くと、麓の村から来た人で、登山客の身を心配して上がってきたそうだ。登山道までまだ火は来ていないが、広がる可能性があるので、その時はこの鎌で道を切り開きますよと、不気味に光る鎌を見せてくれた。こんな鎌で襲われたらたまったもんじゃないなと思ったけど、どうも本当に救助に来たようなので、任せることにした。
 おっちゃんを先導に下ると、だんだん焦げ臭くなる。しかし、結局、登山道の周りの木が焼けている箇所を50mくらい通過しただけで無事下山終了。いやあーよかった。

IMGA0464.jpg
山火事発生

IMGA0465.jpg
炎が見えた

IMGA0473.jpg
登山道のそばも焼け焦げていた。あまりひどく燃えていなかったようだ

IMGA0450.jpg
登山時、山頂直下で

IMGA0458.jpg
山頂で休憩




Gunung Merbabu(ムルバブ山)登山

 先週の週末はGunung MerbabuというSemarangの南、約50kmくらいにある町Salatigaの西側に聳え立つ3145mの山に登ってきた。息子の同級生の両親が企画した計画に誘われたので参加したのだ。
 一緒に登ったグループは、オランダ人(2名)、カナダ人(1名)、ニュージーランド人(1名)アメリカ人(1名)、インドネシア人(6名)そして日本人の僕、合計11名の大所帯だ。実はこのMerubabu山には2年ほど前、タスマニア旅行に行く前にトレーニングを目的に来たことがある。その時は、日帰りだったので2100mくらいまでしか登らなかったが。
 今回は、山頂まで登る計画であるが、登山口の標高は1600m、山頂までの標高差は1545mもあるので日帰りはちょっとつらい距離である。山頂直下に良いテン場があり、通常は1泊2日で登るらしい。我々もその予定である。
 ところで、インドネシアの登山ではポーターを使うことが多い。今回もポーターを5、6人雇った。今回のメンバーの大半は登山経験が少なく、泊まり装備を担いでの1500mの高低差はちょっと厳しいのであるが、ポーターのおかげで、みんなほとんど空身で登れるので楽勝なのである。ちなみに僕とニュージーランド人のPhil(SISの先生)とインドネシア人のVeroだけが自分でザックを担いだ。

 息子の同級生の両親以外はほとんどが今回が初対面だったので、僕はみんなに自己紹介文を配った。今回のパーティーは英語が共通語なのだが、僕は英語が苦手でなかなか自分のことをうまく説明できないので、事前に僕のプロフィールを書面にまとめておいたのだ。これを読んでもらえば、僕のことをよくわかってもらうことが出来、あとからの会話も比較的スムーズになるのだ。ちなみに、僕以外はほとんどの人が英語が達者だった。実はSemarangの駐在者(日本人以外)で英語が出来ない人には会ったことがない。たとえ、英語が母国語でなくても外国で働く駐在者足る者、英語が出来ることはごく当たり前のことのようだ。唯一日本人が僕も含めて駄目(当然、達者な人もたくさんいる。全体を比べての話)。これはよく言われることだが、こうあからさまに見せ付けられると、日本の教育制度は根本から改めないといけないと思う。しかし、まあ教育制度のせいにしても何も解決しないので、結局は自分で地道に勉強するしかないのだが。。。。

 登山の話に戻ると、土曜日の朝、友人の家に集合しSemarangから車3台に相乗りをして、登山口の町Kopengに向かった。登山口にはポーターが既に待っていた。みんなに荷物を預けて登り始める。Merbabu山は火山なのでアップダウンはほとんどなく、ひたすら登る。ただ、傾斜はそれほどきつくなく。マイペースで登ればそんなにきつくない。ヨーロッパ人主体のパーティで、おまけに彼らはポーターに預けて荷物を担いでいないので、最初はとんでもないハイペースになるのではないかと、とても心配していたのだが、山に不慣れな女性が4名おり、彼女らにペースを合わせて結構ゆっくりなペースだった。これには助かった。
 登山口(標高1600m)を10時半頃に出発した。トレールは意外にきちんと整備されており、とても歩きやすい。傾斜もあまりなく快調に進む。昨日の雨の影響で山頂付近は雲に覆われて見通しが悪い。時々小雨もぱらつく。2時頃に木立がないちょっとした広場に到着。この頃になると天気も回復し、山頂付近の見通しが良くなる。広場から山頂の方を見ると巨大なアンテナ塔が立っている。あれが2900mのピークで、それを越えると山頂までリッジ状の尾根が続くらしい。


登山口。中央はFrank
ベースキャンプ


登り始め。軽装で楽そう
最初の登り


ダブルザック+頭にも乗せているポーター
ポーター1


2900mのピーク手前の広場。タワーは携帯電話用(写真では見えにくいがピークにある)
だが設備は盗難にあってからっぽ。設置→盗難→設置→盗難といたちごっこの繰り返しで、結局あきらめて放置してあるようだ。
広場
P1050693.jpg


 3時半頃に2900mのピークに到着。テン場はこの尾根の先にある。この頃になるとさすがに疲れて来た。僕とPhil以外はみんな空荷なので快適そうだ。特にPhilは結構疲れているようで、徐々にペースが遅れて来た。坂が急になるとしんどいなあと言うような事をぼそぼそとつぶやいていた。


頭にザックを載せるポーター
ポーター2

 4時過ぎにテン場に到着。この付近は硫黄の匂いが漂っており、ちょっと日本の温泉を思い出した。さっそくテントを4張りはる。標高2900mなので気温はかなり下がっており、夏に慣れた身には非常につらい。薄いダウンジャケットを着てもまだ寒い。食事の後は、たき火をしてみんなで暖をとる。しかし欧米人はインドネシア生活が長くてもやはり寒さに強い。半ズボンで平気な顔をしている。Philがウクレレを取り出して歌い始める。たき火を囲んで聞くPhilの歌はなかなか風情があっていいのだが、寒さに耐えかねて僕は8時過ぎにテントに入った。


テン場。ちょっと下がったところに水場もある
奥に見えるのが山頂。左側から尾根を回り込む。
テン場

 翌朝の天気は快晴で最高だった。日の出を見るのにちょうどいい天気だったが、あいにく東側の尾根が邪魔で日の出を見ることが出来なかった。6時過ぎに山頂へ向かう。ここからはリッジ状に両側が切れ落ちた尾根を進む。岩場もほとんどなく快適なトレールが続く。山頂付近は高木はないが、植生に覆われており、岩が露出していないからだろう。赤道付近の森林限界の平均は3700m位だと何かに書いてあったと思ったが、Merbabuは独立峰で火山という関係から多少は低いと思う。3000m弱ではなかろうか。


山頂直下の尾根道
尾根

 山頂にはすぐに着いた。みんなで記念撮影したり、景色を眺めてしばらく過ごす。南側にはMerapi山(標高2911m)がよく見える。活火山で信仰の山としても有名だ。北側もUngararan山(2050m)、北西にはSundoro山(3136m)、Sumbing(3371m)と高山が並んでいるのがよく見える。どれも成層型火山なので富士山にそっくりである。


Merapi山をバックに記念撮影
Merapi


北西方面の山。一番右がDieng高原。中央がSundoro山(3136m)、左側がSumbing(3371m)。
来た野山


インドネシアのエーデルワイス。花の季節は過ぎたらしい。
エーデルワイス


山頂からの下山風景
P1050761.jpg

左の下に写っているのがテン場
P1050770.jpg

僕の装備。
P1050778.jpg


 山頂からテン場に戻って、片付けをして出発したのが10時半。下りは急場がないので、足にあまり負担もかからない。途中何回か休憩するが、その都度、Philがザックからチョコレートバーを取り出してみんなに配る。Inaもパンとかお菓子とか配りまくる。持って帰ってもしょうがないと思っている為か、派手に配るので、自分のレーションを食べる機会がなくなってしまった。
 4時前に登山口に到着した。みんな大体同じ頃に到着したのだが、Jeparaから来たインドネシア人のグループが遅れているようだ。彼らはボディビルを趣味にしているらしく、非常に立派な体格なのだが。山はまったくダメなようだ。最初会った時は、インドネシア人だし体格が立派なのでポーターかサポートかと勘違いしたのだが、ああいう身体は持久系には向いていないらしい。プロテインばっかり取ってダイエットしているのでスタミナが全然ないらしいのだ。
 帰りの車は彼らとは別なので、我々だけで先に帰ることにした。帰りはSIS(子供の学校)の車に乗せてもらった。運転手のLukiは結構面白い人物で、車内の会話を盛り上げてくれた。英語が結構出来るのだが、SISで働くようになって覚えたらしい(約4年勤務)。そのため事あるごとに「私は皆さんのように学校に行って英語を習った訳じゃないので、間違いも沢山あるし、聞き取りにくいかもしれませんが勘弁して下さいね」と何度も言う。その都度、アメリカ人のNoreenが「そんな事ないわよ、十分通じているわよ」と慰めていたのだが、それに気を良くしたのか段々話がエスカレートして来る。プライベートな話に発展して来たのだ。Noreenに、「この前一緒に食事をしていた男性は、ボーイフレンドでしょ」といきなり尋ねた。「えっ? 誰の事、私ボーイフレンドはいないわよ」とちょっと慌てた感じ。「タイから来たとか言ってた人ですよ」とluki。「えっ、彼?、違うわよ、彼にはちゃんと奥さんもいるんだから」「そうですか? ボーイフレンドに見えたのになあ」、これには、僕もちょっとまずいよNoreenも怒るよ、と心配になった。Philには「あなたの奥さんは初恋の人ですか」とまたまた失礼な質問をしたら、意外にもPhilは「いや違うよ、僕の前の恋人の名前はね。。。」とか真面目に答えたりとか、まあ、色々な話題で盛り上げてくれた。彼を見て思ったのは、外国語をマスターするには、やはりコミュニケーションを取りたいという思いが一番重要ではなかろうか。技術云々より、その姿勢、思いが重要だな。と改めて思った。

 ということで、無事に旅も終わったが、今回の収穫は、Merbabuに登ってインドネシア初の3000m級峰を経験できた事。古傷の膝関節がほぼ完治しており、3000m級の幕営山行にも問題がないことがわかった事。新しい友達が出来た事である。
 さて、次はどこにしようかな。実は帰りの車でPhilが次はケイビングがいいなあとつぶやいていたのだ。ひょっとして次は僕が主催者?

ところで、今回の山行に僕が参加できたのたのは、家族全員の、特に妻の協力のおかげだと言う事は言うまでもない。最初は行くのを渋っていた僕の尻を妻が叩いてくれたから、参加できたのだ。家族みんなに感謝しています。

ハイキングその2

 土曜日にまたハイキングに行きました。今度の場所は、Semarangの南方45kmくらいのところにあるMerbabu山(標高3141m)です。登山口(標高1500m)から山頂までコースタイムで7時間半かかるので、日帰りで息子を背負ってピークまで行くのはちょっと厳しいです。今回は足慣らしが目的なので、登山口のさらに下の町(標高1380m)から、適当なところまで登って戻るつもりで出発しました。

 登山口にある村は、どこか日本的な雰囲気のある集落でした。村までの道路は昔の街道のような石畳の道で、道路の両側もあぜもきれいに雑草が刈ってありとても手入れの行き届いた村です。住民もニコニコみんな笑顔で挨拶してくれるし、とても気持ちのよい村です。
 村から登山道に入っていくと、山の方から次々と頭の上に薪を載せて人が降りてきます。老若男女いろんな人が降りてきます。下からも鎌を手にした人がどんどん上がってきます。どうも、この村は燃料を薪に頼っているようです。草も燃料にしているのでしょうか。大量の草を頭に載せて降りてくる人もいます。先ほど手入れが行き届いているなと感心した道路も、実は燃料にするために刈っていたのかもしれません。
 まあ、理由はどうあれ、きれいに手入れされた道を歩くのは気持ちがよいです。麓のハイキングだけでも十分満足できました。
 残念だったのは、麓の町Kopenはイチゴの名産地で、ちょっと期待していたのですが、Puasa期間中のせいかどの店も閉まっていました。インドネシアでもイチゴは買えますが、あまり美味しいものに出会ったことはないのです。

登り始めはきれいなアカマツ林。しかし息子は松ぼっくりが怖いらしい
SANY0007_20080916064426.jpg

足に小さな猿が抱きついている
SANY0027_20080916064445.jpg

SANY0058.jpg

インドネシアにもリンゴがある
SANY0033.jpg

薪を運ぶ人々
SANY0036_20080916064541.jpg

SANY0038_20080916064557.jpg

SANY0042.jpg

バナナの花
SANY0041.jpg

野いちご
SANY0055.jpg

プロフィール

pahoehoe

Author:pahoehoe
ブログのタイトルpahoehoeとはハワイ語で滑らかな溶岩を指す。溶岩洞窟の調査で訪れたハワイ島で水飴のように流れる溶岩を見て衝撃を受けた。また、パホエホエという語呂が好きなのでハンドル名によく使用している。
本名:山西敏光
居住地:島根県松江市
出身地:広島県広島市
特技:ドジョウすくい
モットー:死ぬ気で遊べ!
家族:妻、子(二人)

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる